プロフィール
鈴木洋一
鈴木洋一
鈴木洋一プロフィール

昭和44年5月生まれ
昭和57年3月 長野市立下氷鉋小学校卒業
昭和60年3月 長野市立更北中学校 卒業
昭和63年3月 長野県長野南高等学校卒業(3期生)
平成5年 3月 法政大学経済学部経済学科卒業
平成5年 4月 フレックスジャパン株式会社入社
平成21年10月フレックスジャパン株式会社退社
平成21年11月衆議院議員しのはら孝事務所入所
平成27年 9月長野市議会議員選挙 初当選
令和元年 9月長野市議会議員選挙 再選(二期目)
令和5年 9月長野市議会議員選挙 再選(三期目)

主な役職(これまで)
衆議院議員しのはら孝公設第一秘書
フレックスジャパン㈱労務部責任者
長野市放課後子どもプラン推進委員会委員(平成23年~25年)
平成24年度三本柳小学校PTA副会長
平成25年度丹波島公民館会計部長
平成26年度丹波島育成会会長
第18期長野市農業委員会委員

主な役職(現在)
長野県長野南高等学校同窓会会長
保護司
オーナーへメッセージ
< 2015年04>
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街頭演説 その2

2015年04月19日

 鈴木洋一 at 07:12  | Comments(0) | 活動
街頭演説の模様です。先週は2度、2か所で行いました。


朝もまだ肌寒いのですが、これから夏、そして秋に向けて爽やかな風と光を浴びながら活動できればと思います。

鈴木洋一の経歴から志等を演説させていただきました。




  


街頭演説 その2

2015年04月19日

 鈴木洋一 at 07:09  | Comments(0) | 活動
投稿がうまくいかず、一部見辛いところあるかもしれません。申し訳ありません。  


街頭演説しました。

2015年04月15日

 鈴木洋一 at 08:13  | Comments(0) | 活動
 今朝から街頭演説を本格的に開始しました。私の地元、丹波島橋南詰めの青木島交差点です。まだまだか弱い演説ですが、私の考え、人となりをお伝え出来ればと思います。今後も幾つかの場所で行っていきますのでよろしくお願いします。  


悩ましい投票率

2015年04月14日

 鈴木洋一 at 08:45  | Comments(0) | その他
 県議選が終わり、統一地方選の後半戦そして秋には長野市議選が控えている。その前にまずは、今回の投票率について私なりの考えをお示ししたいと思う。

 今回県内の投票率は48.92%、最も高かった選挙区は木曽郡区の68.16%、次いで北安曇郡区59.57%、上伊那群区59.30%、岡谷・下諏訪郡区56.65%、下伊那郡区55.22%、佐久市・北佐久郡区54.88%、塩尻市区51.42%、そして辛うじて50%を超えた飯田市区の50.01%の順になっている。

 上記の8選挙区では50%以上の投票率となっているが、それぞれの選挙区を見てみると新人候補がトップ当選、これまでの無投票から選挙戦となったところ、現職対新人の激しい選挙戦を繰り広げたところ等、特徴のある選挙区であったといえるのではないか。当然のことながら、上述以外の選挙区もそれぞれに特徴があり、激しい選挙戦を繰り広げていたが、選挙区の特性と必ずしもマッチぜず有権者の関心を手繰る寄せることが出来なかったこととなる。良いか悪いかは別として、これまでの選挙とは違った雰囲気があることは、自然と有権者の心に届くものがあり、まさに自分たちの代表を選び出そうという空気が選挙区に漂うのだろう。しかし、これが人口、面積ともに大きな選挙区となればばるほどその空気を作り上げるのが難しいのではないかと感じる。

 例えば、私が住む長野市では、15人の候補者のうち、現職7人、新人7人、元職1人の計15人で、当選者が現職7名、新人2名、元職1名。有権者とすればそれなりに選択肢が示されており、今後4年間での政策提言や県政のチェック機能を果たす議員を選ぶには比較的環境の整った選挙区であったはすではないかと思う。しかし、投票率は県内最低の44.14%である。

 長野市の人口38万人、平成の合併もありいささか県議という存在が近くて遠い、いわゆる親近感の持てない存在となっているような気がする。つまり、選挙区が大きすぎるのではないかと思う。長野市も全市1区ではなく、3つくらいに分けても良いのではと思う。その中でいろいろな候補者が出ることによって空気も変わり、また、親近感も湧くようになるのではないかと思う。しかし、恐ろしいのは選挙区が小さくなればなるほど地盤・看板・鞄がものをいうことになり、多選議員が生まれ、選挙区内での発言力等権力が強まり、新人候補が立ちづらいという悪影響もある。そうならないためにも1人区の解消等の改革が必要になり、有権者に選択肢をしっかり示すことが出来、また、選挙区の民意も議会に反映できるように複数人区は必要である。いずれにしても有権者の関心を得るには多種多様な候補者は絶対に必要で、更に意欲のある人が出れる環境が必要だということだ。

 秋には長野市で市議会議員選挙がある。長野市区となるが、各候補者は自分の地元を中心に選挙を行うこととなる。言ってみれば行政区選挙区である。こうした中だからこそ先の多種多様な候補者の中から地元の代表として託したい人を選べる環境をたくさん作れれば投票率が上がっていくのではないか。常に新しい血を作り、流すことが出来るようにすることが健全な投票行動を生み、投票率も上がっていくのではと思う。
 私も秋に向けて更に活動を本格化していくが、圧力に屈せずに少しでも投票率向上を担えるように全力を尽くしたい。
  


議員秘書として最後の選挙?

2015年04月13日

 鈴木洋一 at 02:32  | Comments(0) | 活動
 県議選が終わった。私が応援した候補者は何とか当選を果たし、また、幾人かの知り合いも当選を勝ち取りうれしい限りである。ただ、最終的な投票率に加え、投票所別そして年代別の投票率が気になるところであるが、また、選挙の怖さを改めて感じた県議選でもあった。

 さて、私は、2009年の秋に、しのはら孝衆議院議員の秘書として政治の世界に身を置くようになり以降今回の県議選を経て、10回の各種選挙にかかわってきた。(2009年前にも選挙には携わっていたが)かかわった選挙は以下の通りである。

 2010年 参議院議員選挙
 2010年 長野県知事選挙及び県議補欠選挙
 2011年 長野県議会議員選挙
 2011年 長野市議会議員選挙
 2012年 衆議院議員選挙
 2013年 参議院議員山口県区補欠選挙(約1か月山口県滞在)
 2013年 参議院議員選挙
 2014年 滋賀県知事選挙(約1か月滋賀県滞在)
 2014年 衆議院議員選挙
 2015年 長野県議会議員選挙
結果、9勝1敗である。

 選挙は心身ともに大変であるが、その分、得るものが大きい。それは人との信頼関係、そして自信である。5年半の間に10回の選挙、単純に言えば、毎年概ね2回の選挙に携わっていたことになる。選挙を経るごとに人との繋がりが深まり、また、広がっていった。それが私にとっては宝となり、自信となっていった、

 選挙だからと言って、普段の業務から大きく方向が変わったり、内容が変わるということではなく、あくまでも普段の延長線上プラスαであるのだが、その都度、得るものが普段よりも数倍大きかったといえる。

 恐らく、今回の県議選は私が秘書として携わる最後の選挙であったと思う。その最後の選挙でも新たな出会いがあり、少なからず信頼関係を築くことが出来、また、自分も多少なりとも成長できたのでは、と思う。良い経験をさせていただいた。感謝感謝である。

 さあ、いよいよ自分の番だ。山あり谷ありの半年となると思うが、悔いだけは残すことのないよう活動しなければいけない。地道にひたむきに、そして感謝の心を忘れずに日々大事に過ごしていきたいと思う。
  


県議選も終盤に向かっています

2015年04月08日

 鈴木洋一 at 09:02  | Comments(0) | その他
 県議会議員選挙も終盤に差し迫っていますが、私も連日、個人演説会応援に駆けつけております。業界関係者は必死でそれぞれの陣営を引き締め支持拡大に努めていると思います。しかし、色々回ってみると盛り上がりに欠けているように思いますし投票率も心配です。
それでも市民、県民に訴えて少しでも関心を寄せて頂けるように各候補者は努力をしなければいけませんね。  


7年前に

2015年04月05日

 鈴木洋一 at 09:00  | Comments(0) | その他
 今日から御開帳ですが、私も落ち着いたら家族で参拝に行きたいと思います。
丁度、7年前の御開帳の時、私は社会保険労務士試験に向けて週末は予備校通いをしており、
その会場に向かう途中にその賑わいを感じたことを思い出しました(私の努力不足で8月に行われた試験には失敗してしまいましたが)
もちろん、参拝にも行きましたが、参拝の思い出というよりは、辛くて厳しい試験勉強の記憶が鮮明に残っております。

 時が過ぎるのは早いものです。7年という月日は過ぎてみれば大分前のような気がしますが、この間、私にとってもかなり激動の期間でありました。17年弱勤務した会社を退職し、国会議員秘書となり、これからまた新たな挑戦をしようとしております。
日々是勉強也ではありませんが過ぎ去った時間は取り戻すことは出来ません。しかし、それ以上に得たものは財産となります。

 そして、その財産を活かしながら将来への希望を失わうことなく、寧ろ私自身に活力を与えてくださったこの7年間に、また、無事に今日を迎えられたことに感謝しております。